大切にしていること

そのままでいいし、
くらべなくてもいい
生き方もあります

極楽寺という寺号にある「極楽」は ご本尊の阿弥陀如来がお住まいになられている世界のことをいい、 「極楽浄土」や「お浄土」ともいいます。
その極楽は古いインドの言葉でsukhāvatī【スカーヴァティー】といい、 ”幸福のあるところ”という意味をもっています。幸福とは私の欲求が叶ったときや、 何かとくらべて優れていた時に感じるものです。
しかし、極楽の幸福とは、それぞれのいのちをくらべない、 自分中心の幸せを追求しないところに幸せがあるといいます。お経には、色とりどりに咲く極楽の蓮の花はその色のまま(否定されない)かがやき、相入れない不協和音にしかならない存在も、互いに響きあいとてもきれいな音を奏でると説かれています。
私たちはこの極楽の世界観を大切にしています。
どなたのご葬儀ご法事であっても大切にお参りし、
いつでもどのような方でもお越しいただけるよう日々努めてまいります。
悲しみだけでなく喜び合える場でもありたいと思っています。
悩みに対しても、良い悪いとジャッジすることなく、
ともに悩みながら歩んでいきたいと考えています。日常とちょっと違う視点ですごせる極楽寺にどうぞお参り下さい。

浄土真宗の教え
浄土真宗の御本尊は阿弥陀如来という仏様です。
阿弥陀如来はあらゆるいのちを極楽浄土に救いとり、
必ず仏様にすると誓われご修行された仏さまです。
これは私たち一人一人のいのちは尊厳があり、
誰とも優劣を比べるものではないということを表しています。
このお話を聞いて受け入れた浄土真宗の宗祖親鸞聖人は生きている今、
私たちは仏さまのように尊い存在なのだと受け取りました。
私たちには欲望があり常にそれをフィルターとして人をジャッジします。
「差別」「ハラスメント」「当たり前」といったものは、常にそこから生まれています。
そのような私の思い込みから一歩立ち止まり、
尊い仲間として手を取り合っていくのが浄土真宗の教えです。